終わりなき日常を

人間自身―考えることに終わりなく

人間自身―考えることに終わりなく

どんなにいいエッセーを書こうとも
(少年犯罪の凶悪化、変質を理解できないものとした上で)

これも言われているように、やはりゲームのせいなのだろう。
幼い頃から画面ばかりを見つめていれば、内省の回路など消滅する。
自分はこちら側にいて、画面の中の人を一方的に殺し続けていれば、
自分が死ぬということは忘れる。現実の人間を殺せば死ぬ、
その「死ぬ」とはどういうことなのか。考えもせず理解もしなくなるのは当然なのだ。

本質にしか興味がないといいつつこういう文章を書いていると思うとガッカリする
推論に理論を重ねて本質に迫っていると思うことは思考の停滞だと思う


生き方や人生論を語るのが哲学なのではなく、
有り様を論じるのが哲学である
だから、多くの人にはそんなものは必要ないとも言える