自分という闇

日記を少し読み返してみた
遠いところに来てしまった。
この街にいることを一年以上前のぼくは想像していただろうか
自分といういきものはとてもふしぎで

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

じぶん・この不思議な存在 (講談社現代新書)

こんな本も出ているくらいだ
(この筆者はとんでもない人で自分の息子に好きな哲学者の名前をそのままつけた)
しかし自分に潜るという行為(思索)は
深い闇の中に何の準備もなく入ることと同義であると
かつての先生が言っていた
そして多くの人はたやすくその闇からのがれることができる


このブログを読み返してわかったことが一つある
自分という人間は最低だということ
最低じゃないと友人のコメントの返しに
ふたなりはともだち!」なんて言わない