罪を憎んで人を憎まず

そして殺人者は野に放たれる

そして殺人者は野に放たれる

ショッキングなタイトルだが、再び刑法39条関係。
法律というのはテニスのルールに例えるならば
テニスコートに入った後のルールが大半であるが
プレイヤーになれない人の類型もご丁寧にしたためられている。
民法7条以降(制限行為能力等)はプレイヤーになって不利益を被らないための
セーフティネットであるが、
刑法39条はテニスコートから排斥するための標榜と言えるだろう。
乱暴な言い方になるが、同じプレイヤーじゃないから
そのプレイヤーの受けるジャッジを受ける権利もありませんよということだ。
余談だが少年法というのは
ジャッジやペナルティの方法が少し違いますよという法律である。


日本の刑事事件において刑罰の対象となるのは
裁判の当事者が理解可能な理由によって為されたもののみであり
報道などで「犯人は意味不明のことを述べている」という場合の多くは
心神喪失若しくは心神耗弱として通常の判断能力を欠いた状態での犯罪となり
減刑、場合によっては不起訴・無罪となることがある
その後、措置入院等が行政措置として為されることがあるが
結局司法は犯人の罪を贖わせることなく野に放していることになる。
端的にこの本の主張をまとめるならこうだ。
しかし、作者の恣意的な引用や冷静さを欠いた言葉遣いには
時折違和感を感じざるを得なかったし、また、
少し古い本ということもあり、
医療観察法という触法精神障害者への保護観察制度に触れられてないことも
Amazonの文庫版レビューで指摘されていた
(勿論医療観察法が本書に書かれた問題を総て解決するものではないが)
かつて刑法40条という条文があったが削除された。
40条はろう者をテニスコートから排斥する条文であったが
これはろう者の関係団体が削除を求めたという。
39条についても同様の主張があるが…


ちなみによく見る「統計的事実」について。

精神障害者は人口比1%程度に過ぎないのに
成人刑法犯検挙人員に対する精神障害犯罪者の比率のうち
殺人では8.5%、放火では15.7%に達する、という統計的事実(略)

データは嘘をつかないのか。答えは否。
どうにでも歪めることは可能だ。これを詭弁という。
人口比についてもそれ以外についても精神障害有りと認定されるためには
そもそも通院をしていなければならないことを考慮すると
一気に数値が狂い始めるだろう。どれだけの数を把握できるのだろう。


ここ数日で読んだ本の語り口がソフトだったせいもあって
時々反感を覚えながら読んだがこの下りには賛成できる

社会防衛上との理由で、犯罪を実行してもいない段階での予防拘禁に私は断固反対する。
そして、いかなる理由でよってであれ、またいかなる精神病者といえども、
自らの意思でおかした犯罪の結果に対しては刑事責任を負わなければならない、と考える。

参考と備忘のためにこのURLと刑法該当条文を引いておく

第39条(心神喪失および心神耗弱)
一、心神喪失者の行為は、罰しない。
二、心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。